TOKIMASA1935
縁から線へ
建築史家の加藤耕一は『時がつくる建築──リノべーションの西洋建築史』(東京大学出版会,2017)のなかで、古くなった建物に対する態度を「再開発」「修復/保存」「再利用」の三者に分け、現在多く行われている建物のリノベーションを「再利用」に位置づけたうえで、時間という要素を排除し、竣工時の建物の状態のみを評価するモダニズム的な「点の建築史」から、建物を生きられた時間のなかで捉えなおす「線の建築史」への転換を提唱している。
本件も倉庫を事務所に再利用する物件である。
家業として設備施工会社を引継いだオーナー。本建物も事業とともに引継いだ不動産のひとつで、オーナーもかつて建設に携わったという。当時は事務所兼倉庫として利用されていたが、より利便性の高い場所に事務所を移転した以降は倉庫として利用されることとなった。しかし、新事務所にも十分な広さの倉庫があったため、オーナーとしては本建物の有効利用に漠然と頭を悩ませており、そんな折に出会ったのが事務所の移転先を探していた建築士の筆者である。
設計は、基本的な図面と現場での打合せを中心にオーナーと協同で進められた。たとえば、壁などに全面的に使われている木材は、建設会社の倉庫に長年眠っていたものをオーナーが安く譲り受けたものであり、箱階段は解体途中の現場からオーナーが救い出してきたものである。また、各種の施工については、自営工事としてオーナーの職人仲間によって行われ、特に大工的な施工は本建物の隣に住む引退した建具屋さんによって行われた。
昨今のリノベーションは、まちづくりなどの社会的に開かれた文脈で行われる事例が多いなか、本建物はそれら文脈と若干毛色が異なり、オーナーが家族という「血縁」のかなで受継いだものを、オーナー自身の人的資源という人間的な「縁」のなかで事務所に再利用させた、どちらかというと閉じられた関係性のなかで完成した建物である。しかしこれからも引き続き建物の改修は行われる予定で、撤去を予定されている南側の建物やコンクリート土間まわりの外壁が無くなることで、結果として半屋外空間として現れるコンクリート土間については、オープンスペースとして様々な利用が検討されている。
オーナーの祖父母がこの地で事業をはじめてから85年後の2020年、「縁」によって引継がれた建物が「縁」によって事務所に再利用され、オーナーの祖父母の名を冠した「TOKIMASA1935」という建物としてふたたび「線の建築史」に位置づけられることとなった。
Architect
勝野大樹/ ktn-aDate
2020-03