【家づくり相談会】長野県伊那市の建築家が毎月開催している「家づくり相談会」で聞けることは?

勝野建築事務所が毎月開催している「無料家づくり・リノベーション相談会」にて、こんな質問ができるよ、とか、よく寄せられる質問について、解説させていただきました!!

「設計事務所って一体何をするところなの?」や「設計事務所とハウスメーカーや工務店の違いは何ですか?」といった基本的な疑問から、「家づくりにはどれくらいの費用がかかるのか?」や「どのくらいの期間が必要なのか?」といった具体的な質問まで、家づくりにまつわる「?」の解決をお手伝いさせていただきます。

・設計事務所って具体的に何をするの?
・ハウスメーカーや工務店との違いは?
・家づくりにはどれくらいの費用がかかるの?
・家づくりにはどのくらいの期間が必要なの?
・新築とリノベーション、どちらがおすすめですか?
・土地や中古物件を探す際に同伴してくれる?
・断熱性や耐震性について教えてください。
・ちょっとしたリフォームの相談先を教えてください。
・家のメンテナンスや家族構成の変化に合わせたリフォームについて教えてください。
・実家をどうすればいいの?

気になる質問があれば、ぜひ当社の相談会にご参加ください!

今春オープンする移住者のための交流施設「すまいテラスいな」の現場にて建物の説明動画を撮影させていただきました!!普段はあまりみられることのない建設現場の様子をお楽しみください!!

家づくりをはじめようとしている皆さんへ。ワクワクする一方で、「家づくりって何から始めたらいいの?」や「予算はどれくらい必要?」といった疑問に戸惑うこともあるかと思います。

この動画では、そんな家づくり初心者のために、第一歩を踏み出す手助けとなるような「家づくりおすすめ本」をご紹介します!「どんな家を建てるべきなのか?」から「ローンの組み方」まで、様々なポイントを網羅した教科書的な本から、実際の家づくりの経験談の本など、視聴者の方々が安心してスタートできるような情報が満載です。

家づくりの大切な一歩を踏み出す際の不安や疑問を解消し、理想の住まいづくりに一歩踏み出してみませんか?ぜひ参考にして、これからの家づくりにお役立てください!

■動画で紹介した本
家づくりのダンドリ2022-2023』、エクスナレッジ 、2022年(リンク先は最新版です)
橋本愛子・永井大介『ねじれた家、建てちゃいました。―建築家アトリエ・ワンとすすめた家建て日記』、平凡社、2012年
ツレヅレハナコ『女ひとり、家を建てる』、河出書房新社、2020年

祖父の世代が建てた住宅を、孫の世代が将来にわたり住み継いでいけるようにするため、大規模なリノベーション工事を行いました。

既存の住宅の間取りは、南向きの日当たりのいちばんいい場所に「接客」のための三間続きのお座敷が配置されている一方で、北側の薄暗く寒い場所に「家族」が日常的に使用する居間や台所が配置されている、ひと昔前によくみられた間取りのものでした。

設計においては、お座敷をLDKへと変更することで、明るく暖かい場所で「家族」の日常が営まれるようにし、かつての「接客」を基準にした間取りから、「家族」の生活を基準にした間取りへと変更を行いました。またその際には、和室の特徴でもある「空間の連続性と視覚的な広がりによる伸びやかな開放的雰囲気」が残るよう、LDKは既存の障子や襖を取り払った一室空間としながらも、既存の欄間などを積極的に再利用することで、連なりながらも緩やかに区切られている、どことなく和室のしつらえを感じられるような空間を目指しました。

その他、断熱改修はもちろんのこと、耐震改修も行い、真壁の既存外壁についても耐久性を高めるための被覆を行いました。

住宅としての機能性を更新しながらも、和室のエッセンスを手がかりに、ひろいLDKのなかにいくつかの小さな場所性を持った明るい住まいを提案しました。

縁から線へ

建築史家の加藤耕一は『時がつくる建築──リノべーションの西洋建築史』(東京大学出版会,2017)のなかで、古くなった建物に対する態度を「再開発」「修復/保存」「再利用」の三者に分け、現在多く行われている建物のリノベーションを「再利用」に位置づけたうえで、時間という要素を排除し、竣工時の建物の状態のみを評価するモダニズム的な「点の建築史」から、建物を生きられた時間のなかで捉えなおす「線の建築史」への転換を提唱している。

本件も倉庫を事務所に再利用する物件である。

家業として設備施工会社を引継いだオーナー。本建物も事業とともに引継いだ不動産のひとつで、オーナーもかつて建設に携わったという。当時は事務所兼倉庫として利用されていたが、より利便性の高い場所に事務所を移転した以降は倉庫として利用されることとなった。しかし、新事務所にも十分な広さの倉庫があったため、オーナーとしては本建物の有効利用に漠然と頭を悩ませており、そんな折に出会ったのが事務所の移転先を探していた建築士の筆者である。

設計は、基本的な図面と現場での打合せを中心にオーナーと協同で進められた。たとえば、壁などに全面的に使われている木材は、建設会社の倉庫に長年眠っていたものをオーナーが安く譲り受けたものであり、箱階段は解体途中の現場からオーナーが救い出してきたものである。また、各種の施工については、自営工事としてオーナーの職人仲間によって行われ、特に大工的な施工は本建物の隣に住む引退した建具屋さんによって行われた。

昨今のリノベーションは、まちづくりなどの社会的に開かれた文脈で行われる事例が多いなか、本建物はそれら文脈と若干毛色が異なり、オーナーが家族という「血縁」のかなで受継いだものを、オーナー自身の人的資源という人間的な「縁」のなかで事務所に再利用させた、どちらかというと閉じられた関係性のなかで完成した建物である。しかしこれからも引き続き建物の改修は行われる予定で、撤去を予定されている南側の建物やコンクリート土間まわりの外壁が無くなることで、結果として半屋外空間として現れるコンクリート土間については、オープンスペースとして様々な利用が検討されている。

オーナーの祖母が生まれてから85年後の2020年、「縁」によって引継がれた建物が「縁」によって事務所に再利用され、オーナーの祖父母の名を冠した「TOKIMASA1935」という建物としてふたたび「線の建築史」に位置づけられることとなった。

長野県伊那市の天使幼稚園の認定こども園部門。1965年に設立された既存の幼稚園に、3歳未満児の保育と給食調理場の部門を補うことを目的とした。敷地は、既存幼稚園の裏側で駐車場として利用されていた場所で、段々状にふたつのレベル差がついている。敷地のレベル差を有効利用し、体格差のある3歳未満児(0-2歳)と3歳以上児(3-5歳)のスペースの独立性を保ちながら、効率よく給食調理場にアクセスできるような建物を目指した。

配置計画としては、既存幼稚園と同レベルの1階部分に給食調理場を配置し、未満児部門については、敷地の一段上がった場所に2階部分として平屋状に配置する計画とした。平面計画については、子供たちの管理が容易になるようなシンプルなレイアウトとし、室内からの外部への視線の抜けなどについても、子供の気が散らないようモアレ状のフィルムを貼るなど、既存の幼稚園での運用経験を多く反映させた。特に天井高については、あえて高くない天井高とすることで、子供たちが安心感を得られるよう、特別な配慮をした。また、内装についても、低い天井高や外部への視線の抜けの少なさ、あるいは管理の観点から多くなった木製建具などの影響により屋内が閉鎖的にならないよう、白を基調とした色彩で統一した。外観については、淡色を基調とし、緩勾配の屋根を架けることで、田園的な周辺環境のなかに建物が馴染むよう、色彩や高さに十分に気を配った。

みまもりの視線が子供たちの成長に寄り添う、大きなキャンバスのような建築を実現させた。

長野県伊那市に建つ共同オフィス。2組の利用者が入居可能で、本建物の北側に同時期に建設された事務所併用住宅の2棟とあわせて、創業支援や地域活性化などの観点から計画された伊那市の公共建築である。設計に際しては、入居者が敷地の南東にひろがる塩見岳や仙丈ヶ岳といった山々に代表される「伊那市の環境」を積極的に感じられるような、あるいは「伊那市の環境」を活かすような建物になるよう設計を行った。

平面計画においては、L字型の平面を採用し、L字型の先端に外部に大きく開いた事務室を配置し、中央部分に緩衝スペースとしての共用スペースを設けることで、それぞれの事務室における開放性とプライバシーを両立させた。外部環境に対しては、周辺に視線が抜けるように開口部を注意深く配置したり、建物の周囲に半屋外の土間スペースをめぐらせるなどすることで、入居者の活動と伊那市の環境が有機的に結びつくよう工夫をした。

なお、本建物は伊那市の一般競争入札にて受注した設計監理業務である。伊那市の意向を踏まえながらも、行政的に平準化された事務所空間とは異なる、我々なりの提案、具体的には、構造と意匠を兼ねたあらわしの天井や大きなガラス欄間、家具の引手等への伊那市産カラマツ材の使用などを積極的に行い、行政や工務店と対話を重ねたうえで実現させた建物である。

長野県の南信地方に建つ住宅。敷地は、かつての田園地帯が近年になって住宅地とし整備され始めている地域で、敷地の周りには新しい建売住宅が建ち並んでいる。ただ、大きく開けた西側に対しては、広々とひろがる田畑越しに駒ケ岳を望むことができ、まだまだ田園的な雰囲気を残し持った地域でもある。このような住宅地と田園地域のふたつの性格をあわせ持った環境気に入り、クライアントは土地の購入を決めた。

施主からの要望は、薪ストーブによって建物全体が暖められる吹抜けのある一体的な空間をもった住宅で、室内から西側の駒ケ岳を望むことができる大きな窓の設置や、4人家族分の布団を一気に干すことのできる南面に面した幅の広いベランダの設置などを求められた。

計画に際しては、住宅と敷地環境との結びつきに配慮しながら、長野県の中南信地方によくみられる本棟造りという民家形式を用いて設計を行った。本棟造りは、ゆるい勾配の大きな切妻屋根が広い梁間に架かっており、妻入りの大きな立面が特徴的で、本棟造りの特徴である「大屋根」と「大きな妻側立面」によって、施主からの要望である「一体的な空間」と「幅の広いベランダ」が実現可能であると考え、モチーフとして参考にした。

具体的には、通常の本棟造りでは単なる軒裏空間になってしまう桁側の2階部分の空間に対して、桁梁の上に追加で梁を架けその梁を起点に455ピッチの小幅の登り梁で屋根架構をつくり、1階のリビングと玄関の上部を吹抜けとすることで、建築的に空間として有効使用した。またこの際、登り梁の勾配を6寸勾配と比較的急にすることで、2階の主寝室上部には、ルーバー床の屋内ベランダと北側の階段ホールとでつながるロフトができあがっており、これによって「一体的な空間」を実現させた。
室内からの眺望については、南西面に大きな窓を設けることで、眺望を獲得すると同時に、一般的に薄暗くなりがちの本棟造りの室内が明るくなるように計画した。また、明るさがそれほど必要のない主寝室や子供室については、民家特有の薄暗い室内になるよう小さめな窓を配置し、対照的な空間として計画した。
「幅の広いベランダ」については、ベランダの床梁を、屋根を支える登り梁と、合板で一体的に固めたベランダの手摺壁で受けることで実現させた。

この地方に伝わる伝統的な住宅形式を、薪ストーブや布団干しといった日常生活の一側面から再解釈することで、地域性と結びついた住宅になることを目指した。

民家の改修工事である。「民家」という言葉は、考現学の今和次郎の『日本の民家』(更生閣書店,1937)をきっかけに一般に広く認識されるようになったといわれている。今によると、民家のなりたちには気候、産物、経済などの各種条件が影響を与えており、建設においてはその地域で得やすい材料を主としてつくらなければならず、それが結果として各地に独自の形態をもった民家を生む要因になったという。

民家はかつての地域の社会的制度や、気候、産業、経済などを読みとることができる歴史的な場所であり、民家を保存することはサスティナブルな社会が志向されている現代でなくとも意義深いことであろう。しかし、民家のもつ社会的な意義とは別に、現存する多くの民家は現在の生活に対応できなくなった不便な状態で使用されている場合が多く見受けられ、したがって現在使われている民家の改修工事においては、保存より先に民家における生活の改善が第一義になるのではないかと感じている。

本工事においても、現在の生活に合わなくなってきた間取りの変更と、設備機器の更新に計画の主眼を置き、その上で民家がもつ平面構成と空間構成を生かした設計を行った。特に、建具で仕切られ薄暗い印象であったLDKについては、屋根なりに天井を張り、既存の丸太梁をあらわしにし、天窓を設けた一室空間にすることで、自然と家族が集まる場所となるよう計画をした。また、廊下の先に窓を設置し、東側の裏庭や北側の上座敷へ視線が抜けるような計画とすることで、平屋特有の広々とした間取りを感じられるようにした。

建築史家の伊藤ていじは、『民家は生きてきた』(美術出版社,1963)のなかで、「祖先への郷愁としてではなくして、むしろ輝かしい構想力にみちた未来への現代的象徴または反映として、民家を保存すべきである」と述べている。その上で、いくつかある民家の保存方法のひとつについて、「第二は軸組と外観を生かし造作工事の変更、仕上げの改善、設備の現代化等によって民家を再生させ住みつづけながら誇りをもって後世に伝えることである」としている。

設計士として、改修工事を通して住み手に「住みつづけながら誇りをもって後世に伝える」手助けができたかは定かではないが、お施主様のお祖母様が今回の工事であらわしにしたリビングの既存丸太梁を指さしながらおっしゃった言葉から想像すると、「民家」の再発見はしていただけたのではないかとは思っている。
「この梁、素敵ね。どこから持ってきたの?」